ハロウィンの歴史、なぜアメリカに渡ったのか?

今でこそ日本ではハロウィンのお祭りやパレードが行われていますが、もともとハロウィンにはどのような歴史があり、どこから来ている文化や風習となったのでしょうか?

多くの人がハロウィンの由来や元の歴史を知らずに10月31日になると毎年仮装してパーティーやパレードに参加していると思います。

この記事ではハロウィンがどのようにして1つの文化となりアメリカに渡り、日本でもなじみがあるものとなったのかを紹介していきます。

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ハロウィンはアメリカではなくヨーロッパが起源!

ハロウィンの始まりはおよそ2000年前。

ヨーロッパにあるケルト民族が収穫の時期の最後の日にお祭りとして行うものでした。

その時は仮装などはせずに、その季節の収穫をお互いにねぎらい祝いあう習慣を持っていました。

そのうちに宗教や民族、カルト思想が混じり合い生と死が最も近くなる1日として認識されるようになりました。

少数民族によっては死者が生者の世界に入ってくるのを嫌い、火を炊いたりしてバリアを作るような形でお祭りが行われたと言うものもあります。

その後 1840年代に大量のアイルランド移民がアメリカに渡ってから、彼らの習慣の1つであったハロウィンも大陸に広まるようになりました。

そしてだんだんとりんごを取ったり他の家の門の扉を外してしまうなど、いたずらが行われる日として発展していきました。

これらのいたずら行った子供たちは身元がバレないように仮面や仮装をするようになっていったのです。

しかし次第にいたずらがエスカレートしていき単なる笑い事ではなく、悪質なフーリガンの様に実際に建物等に被害が出るようになり始めたため、この日は誰もが注意する1日となってきたのです。

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トリックオアトリートの始まり

特に当時の食べ物屋やキャンディー屋は子供たちの好物の宝庫であるために最も狙われやすい業種の1つでした。

なのでいたずらされる代わりにキャンディーやおやつを子供たちに配るという、ある意味買収するような形で被害を免れたといいます。

これが今で言うところの「トリックオアトリート(お菓子をくれなければいたずらするぞ)」のフレーズの始まりとなったのです。

仮装の始まり

上記で述べたとおり、ハロウィンは生と死の境界線が最も弱くなると言われている日。

日本で言う「お盆」のように、死の世界から故人が訪れに来ると信じられていた日でした。

なので生きている人々は彼らの姿を怖いものであろうと真似して、お化けや骸骨、ゾンビなど何かしらホラー要素をもったものの服装をしたのです。

日本では子供よりも大人のためのパーティー

今はアメリカでもヨーロッパでも自分の好きなものになれる日でもあります。

現代の日本では夜に家をお菓子をもらうために渡り歩く代わりにパレードの方が主流です。

関東地方を例えると川崎では日中にパレードが行われ、渋谷では夜に多くの人たちが仮装して街を歩机回ります。

子供のためと言うよりは大人のパーティーの為と言う印象が日本の方が強くあります。

特に海外から来た人達はここぞとばかりにお祝いする人達が多いです。

同じハロウィンと言えど、アメリカと日本ではまだ祝い方や楽しみ方の違いがあるみたいです。

ただこの日ばかりは大人も子供も普段できない仮装を思いっきり楽しむことができるので毎年楽しみにするイベントとして楽しみにするのも良いかと思います。

まとめ

ハロウィンはもともとヨーロッパの収穫時期の最後の日に行うお祭りだったのです。

それが現代は様々なコスチュームが生産され、多くの人達が「仮装できる日」として楽しむイベントとしてカレンダーに記録されます。

何処から来て、どうして私達日本人もこの風習を取り入れるようになったのか。

何が伝統として残り、何が新しく変わっていったのか。

歴史を知ることでより世界の出来事や大昔の人々の様子を学ぶことができ、お祭りもより楽しさを増す事でしょう。

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